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えんとつ町のプペルは、お笑い芸人の西野亮廣が原作の絵本です。
その絵は、とても美しく、細部までとてもよく作りこまれています。
2020年12月よりアニメ映画も公開されていますが、絵は一体誰が描いているのでしょうか。
西野亮廣さんが独学で絵を学んで作品を作り上げたという話がありますが、本当なのでしょうか。
今回はえんとつ町のプペルについて、絵は誰が描いたのか、西野さんの独学によるものなのか?について調べました。
目次
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「えんとつ町のプペル」は西野さんが絵を描いているわけではないようです。
調べてみると、「えんとつ町のプペル」の絵本は西野亮廣さんが原作者ですが、メインイラストレーターは六七質さんとなっていました。
日経ビジネスの取材で、絵本のイラストレーターについて西野さんはこのように話しています。
35人のイラストレーターが関わりました。僕は「絵・文・監督」という立場です。絵も描くし、文章も書く。スタッフさんの雇用からスケジュール管理、資金の調達などすべて担当しました。(https://business.nikkei.com/atcl/report/15/226265/102800066/?P=3)
西野さん一人で作り上げた作品ではないことが分かります。
誰が描いた?という質問の答えは「西野さんと35人のイラストレーター」です。
主人公は、配達屋が落とした心臓から生まれたごみ人間です。
ごみ人間はハロウィンで盛り上がる町で、仮想ををした子供たちに出会います。
子どもたちはごみ人間が仮装ではないことに気付くと、彼を追い出してしまいました。
そしてごみ人間はえんとつ掃除をするルビッチと出会い、「ハロウィン・プペル」という名前を付けてもらうのでした。
プペルとルビッチは毎日遊びますが、日に日に臭くなるプペルは友達から嫌われ、毎日いじめられてしまいます。
とうとうルビッチもプペルを避けるようになりました。
そんなある夜、プペルがルビッチを誘い出しました。
ルビッチが以前、「お父さんが煙突の上でホシを見たが、誰にも信じてもらえなかった」と話していて、プペルは一緒にホシを見に行こうとしたのです。
そうしてプペルとルビッチはホシを探す旅に出かけるのでした。
大人でも感動するようなストーリーになっていて、作品はネット上で無料公開されています。(https://r25.jp/article/581356883170827173)
興味のある方は一度読んでみてはいかがでしょうか。
通常絵本は1人で作るものですが、作品を書いていくうちに西野さんは「何で絵本って1人で作らなければいけないんだろう」と疑問に思い始めたそうです。
そして、今回のように分業で作ることを決めたのです。
西野さんは、自身のブログでこう語っています。
絵本『えんとつ町のプペル』は通常の絵本制作では考えられないほど、本当にたくさんのスタッフの手によって作られています。(https://lineblog.me/nishino/archives/7071421.html)
西野さんは、自分の絵だけでは世界に通用する作品が作れないと思い、自らクラウドファンディングでクリエイターを集めました。
そしてフリーの35名のクリエイターが、それぞれ得意な絵を担当し、一つの作品を作り上げたのです。
作品に関わったクリエイターには、描き込みの達人や塗りの達人、キャラクターを躍動的に動かすアニメーターもいたそうです。
また、作品が出来上がる前に曲を作ったことも異例でした。
西野さんは作品をテーマに作詞作曲をし、編曲とプロデュースを作家の渡邊崇さんに依頼しました。
完成した曲はネット上で大反響を呼び、その後絵本も完成。
このように「えんとつ町のプペル」は分業でたくさんの人の手によって作られたのです。
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西野亮廣さんはお笑い芸人として活躍していましたが、いつの間にか絵本作家になっていて驚きました。
西野さんの絵はどこで学んだものなのでしょうか?
独学と言われているのは本当なのか、真相に迫っていきたいと思います。
西野亮廣さんは現在絵本作家として活躍していますが、絵の学校に通っていたわけでも、アシスタントとして修業を積んだわけでもないようです。
西野さんはインタビュー記事でこう語っています。
もともと絵に興味があったわけでもなくて。例えば学生時代に趣味で描いていたわけでもないですから。ただ、タモリさんが、ちらっとおっしゃったのは「お前の性格だったら描けるから描いてみろ」みたいな感じでした。タイミング的にも、他のことやってみようと探していた時期でしたので、だったらそれに乗っかってみようかなと。(https://partner-web.jp/article/?id=1180)
そして、東急ハンズで0.03ミリの黒いペンを購入し、そのペン1本で2009年に初めての絵本『Dr.インクの星空キネマ』を完成させました。
また、絵本作家を始めようと思ったきっかけについては、イベントでこのように語っています。
西野は「13年前。25歳の時。絵が得意なわけでないし、ここからどうしたら世界一になれるかって考えた」と振り返ると、「画力もないしコネもない、でも時間なら勝てるかなと思ったんです」とコメント。「自分は職業が20個くらいあって、絵本が収入の柱ではないので、1つの作品を10年かけて作ってもほかの収入で生活ができる。そこが専業とは違うなって」と述べ、「すぐ0.3㎜のボールペンを買って、4年くらいかけて作るようなジャンルの作品を選んだ」と回顧。(https://npn.co.jp/article/detail/51533473/)
西野さんは黒のペン1本で他の作家さんに負けない絵本を描くため、ただひたすら時間をかけて努力していたようです。
「えんとつ町のプペル」は、初めは西野さん1人で描き始めていました。
数か月かけて3~4ページほど描いたころに、1人で絵本を作ることをやめ、クラウドファンディングを始めてクリエイターを集めます。
そしてまずは絵コンテづくりから始まり、35名のクリエイターがそれぞれ担当する絵を仕上げ、一つの作品にまとめていきました。
作品制作の裏側では楽曲制作も行われ、企画立ち上げから4年半かけて絵本が完成したのです。
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「えんとつ町のプペルの絵は誰が描いているのか?」その答えは西野亮廣さんと35名のクリエイターたちでした。
クラウドファンディングで集められたクリエイターたちが、西野亮廣さんの指揮のもと作り上げた作品です。
西野亮廣さんは独学で絵を学び、絵本作家として活躍しています。
絵本作家として活躍するためには、誰でも描ける絵ではいけないと、西野さんは時間で勝負したのでした。
独学で10年以上の歳月をかけ、現在は絵本作家として有名となり、個展も開かれています。
「えんとつ町のプペル」は、そんな西野さんとたくさんの人たちが4年半もかけて作り上げた超大作なのです。
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