千葉市長ミヤネ屋生出演で正論!?ツイッターで新型コロナ全国休校に危惧

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新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍総理大臣は来月2日から全国すべての小学校・中学校、それに高校などについて、春休みに入るまで臨時休校とするよう要請する考えを示し、文部科学省は、今後、全国の関係機関に要請を行う事にしています。

今回の要請に幼稚園や保育所、学童保育は含まれていないということです。

安倍総理大臣は、入試や卒業式を実施する場合は、感染防止のための措置や必要最小限の人数で行うよう万全の対応を取ることや、行政機関や民間企業などは休みを取りやすいよう子どもを持つ保護者への配慮を行うことを求めたうえで、こうした措置に伴って生じる課題は、政府が責任を持って対応する考えを示しました。

休校になったことで、保護者からは反発の声も多くあがっています。

そんな中、千葉市長熊谷俊人が自身のツイッターでド正論な発言をして大きな話題になっています。

そして2月28日ミヤネ屋に生出演することがわかりました。

今回はミヤネ屋千葉市長生出演!ツイッターで新型コロナ全国休校について正論を!?をお届けしていきたいと思います。

 

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ミヤネ屋千葉市長生出演!ツイッターで新型コロナ全国休校について正論

 

千葉市長のツイッターの内容

「衝撃の報道。全国一斉春休みまで休校…。いくらなんでも…。医療関係者など社会を支えている職種の親はどうするのか。社会が崩壊しかねません。」

医療関係者や福祉関係者、警察・消防など社会を支える職種で親等に預けられない事情を抱える方々を何とかしなければ…。学童保育も同じく閉鎖するしかなく中学生や小学校高学年はまだしも、そうした職種の方は低学年を家に置いておくことになります」

低学年と特別支援学級を中心に保護者が対応できないケースについて学校で、感染防止に十分配慮したうえで預かる方向で検討します」

まさに正論です。

学校を休校にするのは順番が違う気がしますね…。

いくら全国の学校を休校にしたところで、毎朝満員電車で通勤しなければならない日本の状況を考えれば、親から子への感染を防ぐことがまず先になってくるのではないでしょうか?

低学年の子供などは、1人で家に置いていくわけにはいかないでしょう…。

その親御さんは皆仕事を休むことができると考えているのか政府に対して疑問です。

千葉市では市立中学校に勤める教諭が新型コロナウイルスに感染していたことを受けてすでにこの中学校を2週間臨時休校にすることを決めていました。

そのうえで27日夕方、地域で感染者が出た場合の休校の考え方について市独自の基準を作成して発表したばかりでした。

 

ツイッターの声は?

 

 

千葉市長プロフィール

熊谷 俊人(くまがい としひと)

1978年〈昭和53年〉2月18日 生まれ

日本の政治家。千葉市長(3期)。元千葉市議会議員(1期)。

奈良県天理市生まれ、父親の転勤に伴う転居の多い少年時代を経て、兵庫県神戸市で育つ。小学生の時、漫画『日本の歴史』とゲーム『信長の野望』で歴史に興味を抱き、中学時代は、3時間あった往復の通学時間のほとんどを歴史小説の読書に費やした。司馬遼太郎、海音寺潮五郎、山岡荘八作品など卒業までに500冊を読んだ。こうした「歴史のおっかけ」から、現代の政治に目を向けた。毎週日曜日の朝、NHKや民放各局の政治討論番組を見るのが習慣になり、「歴史おたく」から「政治おたく」へと幅は広がった[2]

白陵高等学校[3]2年の1995年1月17日、神戸市須磨区の自宅を阪神・淡路大震災が襲う。同じ程度の揺れでも地域により被害に差があることや、被害者の生活再建、市街の建て替えや道路拡幅といった復興過程の問題を目の当たりにして、「政治家になるなら、地方政治だ」と思い始める[2]

早稲田大学政治経済学部経済学科に進学するが、講義には出ず「歴史の世界にどっぷり」つかったという。当時普及し始めたインターネットにのめりこみ、プログラミングを学び、歴史愛好家のためのウェブサイトを立ち上げる。熊谷のサイトは学生、歴史研究者、作家、主婦、海外の愛好家など様々な人が訪れ、歴史についての議論が毎日のように交わされた。また東京都議会の傍聴に通った[2]

2001年に卒業。同年、NTTコミュニケーションズ株式会社に就職した。

2006年春、熊谷が政治に興味を持っていることに目をとめた上司の女性課長から、彼女の知人国会議員に会ってみるかと尋ねられ、営業の帰り、東京・永田町の議員会館に、千葉1区選出衆議院議員の田嶋要を訪ねた。田嶋と20分間話し込み、翌年予定されていた千葉市議会議員選挙に向けて民主党が初めて実施する候補者公募への応募を勧められ、熊谷は「出ます」と即答した[2]。続いて、経営コンサルタントの大前研一が主宰する一新塾に入塾した(第18期生)[4]。同年、民主党が実施した千葉市議会議員選挙の候補者公募に合格。

2007年の千葉市議会議員選挙に稲毛区選挙区から出馬し、トップ当選した。

ウィキペディア(Wikipedia)引用

 

 

 

 

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